
メンタリスト
今年も気が付けばびっくりするほどアメリカドラマを見た。
1エピソード(1時間)も見なかった日が数える程しかないと言えば、
病気だと思われるかもしれない。
その通りなのだろう。
一応、理由は二つある。
英語に触れる時間を毎日持ちたいということと、
ほとんど執りつかれているということだと思う。
まあ相変わらずの変人っぷりを発揮している。
なぜ、このドラマかと言うと、
内容だけならドクターハウスのシーズン5だと思う。
マンネリ化に陥ることなく、
惜しげもなくハウスのアシスタントを総取換えしてのニューシーズンは、
斬新で深みもあった。
けれど、
やはりメンタリストに軍配をあげた。
そして、
この作品の魅力は ただひたすらこの写真の主人公につきると思う。
言っちゃえば、好みのタイプだということになるだろう。
くっだらねぇ~理由だと自分でも思う。
なので、この主人公ジェインを好きになれない人にとっては、
ありきたりな退屈なドラマにすぎないと思う。
ただ、
じゃあこの写真を見て好みじゃなければ見なきゃいいか?と言えば、
そうも言えない。
顔がわたしの好みな訳では全くなかったのだ。
プラダを着た悪魔 の時は別に何とも思わなかった。
とにかく、
声なのだ。
ソフトでたおやか。ゆっくりしたスピードも、
少しくぐもっていて柔らかな響きも、
喋り出しに一呼吸ある感じもいい。
そして何よりそこはかとなく少年っぽい感じがある。
わたしは大抵のアメリカ人が恋人や、小さな子どもに対して使う、
honerとか、babyとか、sweetieとか、sweet heartと言った呼び名が
あまり好きではない。
ブラッドピットが ふわふわで けむるような金髪の巻き毛の
彼の娘に呼びかけたsweetieでさえ、おえっ!という感じだったのだ。
ところが、
この作品の中でジェインが小さなbabyを抱き上げて、
"sweet heart"と笑顔で言ったのを聞いた途端、
sweet heartは 今年のわたしの流行語大賞 に決まった。
歌手で言えば、桜井さん、リアムキャラガーのポジションに
彼は1小節も歌わずしてエントリーを果たしたのだ。
そして、主人公のバックグラウンド。
彼には、愛する妻と幼い子どもを自分のせいで殺されたという
一生消せない過去がある。
その苦痛は、時間が解決するといった種類のものではない。
いつか、こころの奥の深い場所に落ち着いて
春の雨のようにしっとりとしみ込んで気持を落ち着かせ、
安らがせてくれたりもしない。
彼の穏やかな日だまりのような笑顔の下には、
皮一枚といった感じで むき出しの痛みが見える。
救いようのない悲しいことだけれど、
そこはドラマだから、
それは 憂い の美しさとなって主人公を包みこんでいる。
語れば語るほどに 自分でも わたし病気なんだな~と思えてくるので
この辺で切り上げることにしたいと思う。
最後にもう一つ言わせてもらえるなら、このジェイン
これもまた個人的な感覚だけれど、
ノルウェーの森 のワタナベくんに通じるところがある。
彼もまた、
非常に若いころに親友を失って、もう誰とも深い人間関係を築きたくない
と、思っている。
出来事の深さを客観的に見て比べれば、
ワタナベくんとは比べようもないかもしれない。
けれど何によってにせよ、
こころのどこかが壊れてしまったのだ。
壊れたまま生きていかなくてはならない人である という点で、
わたしの中では似通っているのだ。
そういう風に 腹をくくってしまった人 だけが持つ
強さと脆さが合わさったような、
限りない日だまりのような優しさが、彼らにはあるのだ。
それは自己愛というものから
あるいは 誰からか愛されたいという
人間がどうしようもなく本能的に持っている 欲 というものと
完全に自分を遮断してしまった人だけが持つ
潔くも哀しい優しさだ。


















